[コラム]大自然の手
- 2019/10/09
- 15:26
今年2019年は、ダーウィンが「種の起源」を1859年に出版してから160年目に当たる。人々の生命観、世界観を根底から揺るがしたこの書物は、当然当時の人々の間に賛否両論を巻き起こした。特に宗教的教義に反すると感じた人々からの反発は大きかったという。しかし、ダーウィンの考えを支持する人々ももちろん多くいた。ベイツやミューラーもそういう人たちであった。彼らは博物学者でまた探検家でもあり、ウォレスがそうであったように南米アマゾンを探検し、多くの昆虫を含む動植物の新種を採集した。そして、ベイツ型擬態、ミューラー型擬態、と呼ばれるようになった昆虫の擬態を発見した。実際に大アマゾンの深い密林の中で、昆虫のさまざまな姿形とその分布を目のあたりにしたなら、ダーウィンの唱える自然選択や適応の考えが実感できたのであろう。ベイツ、ミューラーともダーウィンやウォレスと盛んに手紙をやりとりし、またそれぞれ論文を書いて、種の起源の考えに賛同を表明したという。彼らがアマゾンで採集した新種の標本はヨーロッパの博物館に送られて貴重な研究材料となった。ダーウィンもこれらの標本に接する機会があったに違いない。
しかし、このいわゆるダーウィンの進化論にも弱点があった。それは進化を起こす具体的なメカニズムが不明だったことである。種の起源の出版からほどなく、エンドウの交配実験にもとづくメンデルの法則が発表され、20世紀に入ると集団遺伝学の数理的研究が発展した。しかし、進化を担う遺伝物質とメカニズムの解明までには、種の起源の出版から100年近く待たなければならなかったのである。1953年にワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造と塩基配列の仕組みが明らかにされた。そして、それから現在に至る60年余りで分子生物学は急速な発展を遂げてきた。DNAに格納された遺伝情報をRNAが読み取りタンパク質が合成される、というセントラル・ドグマはすべての生物で共通であることが分かった。これこそ、ダーウィンが求めていた、人を含むすべての生物に共通のメカニズムであった。
ところで、ベイツやミューラーがアマゾンで多く採集したのが昆虫であった。昆虫は全生物種の半数以上を占めるといわれるほどの莫大な種を持っている。言い換えれば圧倒的な遺伝的多様性を持っているといえる。昆虫は個体数が多く、また世代交替が短期間で行われる。そのため遺伝子の変異も多く、色や形などの表現型の変化も激しい。そして自然選択による適応の結果、幼虫の時代は葉に似せたり、鳥のフンに似せたりの擬態を生じる。また成虫になると、危険種に似せた紋様を示し警告するかのようにゆっくりと飛ぶなどの擬態(ベイツ型擬態)を示す。さらに、種の異なるものが同じ警告的な紋様を示し捕食されるリスクを小さくする擬態(ミューラー型擬態)などがある。これらの擬態は写真で見ても実に巧妙で、天敵から身を守る有効な手段となっていることは、まさに自然選択のなせる業であると感じ入る。そして、これらの具体的な擬態一つひとつについて、DNA上のどの遺伝子(複数遺伝子の場合もある)が関係しているのかが分子生物学の手法で突き止められているのである。
遺伝子の変異による生物の姿形、いわゆる表現型の変化と自然選択が、進化のすべてを決めているわけではない。しかし、種の起源から160年経った今でも中心的な原理だということに変わりはない。ビーグル号に乗って、中南米から南太平洋の島々を探検した若き日のダーウィン、大アマゾンの密林の中で日々新種の昆虫に出会ったウォレスとベイツ、そしてミューラーたちは、変化する生物の姿形の奥底に、神の手ではない大自然の手を見ていたのではないだろうか。 (記:五等星)
しかし、このいわゆるダーウィンの進化論にも弱点があった。それは進化を起こす具体的なメカニズムが不明だったことである。種の起源の出版からほどなく、エンドウの交配実験にもとづくメンデルの法則が発表され、20世紀に入ると集団遺伝学の数理的研究が発展した。しかし、進化を担う遺伝物質とメカニズムの解明までには、種の起源の出版から100年近く待たなければならなかったのである。1953年にワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造と塩基配列の仕組みが明らかにされた。そして、それから現在に至る60年余りで分子生物学は急速な発展を遂げてきた。DNAに格納された遺伝情報をRNAが読み取りタンパク質が合成される、というセントラル・ドグマはすべての生物で共通であることが分かった。これこそ、ダーウィンが求めていた、人を含むすべての生物に共通のメカニズムであった。
ところで、ベイツやミューラーがアマゾンで多く採集したのが昆虫であった。昆虫は全生物種の半数以上を占めるといわれるほどの莫大な種を持っている。言い換えれば圧倒的な遺伝的多様性を持っているといえる。昆虫は個体数が多く、また世代交替が短期間で行われる。そのため遺伝子の変異も多く、色や形などの表現型の変化も激しい。そして自然選択による適応の結果、幼虫の時代は葉に似せたり、鳥のフンに似せたりの擬態を生じる。また成虫になると、危険種に似せた紋様を示し警告するかのようにゆっくりと飛ぶなどの擬態(ベイツ型擬態)を示す。さらに、種の異なるものが同じ警告的な紋様を示し捕食されるリスクを小さくする擬態(ミューラー型擬態)などがある。これらの擬態は写真で見ても実に巧妙で、天敵から身を守る有効な手段となっていることは、まさに自然選択のなせる業であると感じ入る。そして、これらの具体的な擬態一つひとつについて、DNA上のどの遺伝子(複数遺伝子の場合もある)が関係しているのかが分子生物学の手法で突き止められているのである。
遺伝子の変異による生物の姿形、いわゆる表現型の変化と自然選択が、進化のすべてを決めているわけではない。しかし、種の起源から160年経った今でも中心的な原理だということに変わりはない。ビーグル号に乗って、中南米から南太平洋の島々を探検した若き日のダーウィン、大アマゾンの密林の中で日々新種の昆虫に出会ったウォレスとベイツ、そしてミューラーたちは、変化する生物の姿形の奥底に、神の手ではない大自然の手を見ていたのではないだろうか。 (記:五等星)
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