[コラム]「生命とは何か」を問うこと
- 2018/05/16
- 22:15
量子力学の波動方程式で著名なエルヴィン・シュレディンガーは晩年、「生命とは何か」という著作で生命を物理学の側面から考察した。彼は20世紀前半当時に研究が進みつつあった生物の進化、遺伝、代謝などについて考察し、生命はエントロピー増大という物理法則に抗して秩序を保とうとする、と特徴づけた。物理学者らしい深い視点だと思う。しかし、それと同時に、生命とはこれまで分かっている物理学では説明しきれないものである、とも書いている。ワトソンとクリックが遺伝子の実体であるDNAの分子構造を解明する10年近く前の著作なので、そのような感想を持っていたのも頷ける。
1953年にDNAの構造が解明されてから現在までの60余年間は、生命科学が飛躍的に発展した時代である。遺伝や進化の仕組みが原子・分子レベルで明らかにされ、タンパク質の構造と機能を踏まえたエネルギー代謝の回路が解明された。さらに脳神経系の機能と仕組みも明らかになりつつある。いまや生命現象はすべて原子・分子レベルで解明されつつある状況といえよう。シュレディンガーの著作から70年以上経った現在、生命は物理学や化学の言葉で説明できる時代になった。このような時代に、生命とは何か、と問えば、それは物理法則と化学反応の総体である、という答えが返ってきそうである。21世紀の現在、「生命とは何か」を問う意味はあるのだろうか?
ところで、チャールズ・ダーウィンは20代の若き5年間を博物学者としてビーグル号に乗船し世界を巡った。その航海記によると、南アメリカをマゼラン海峡通って一周し、ニュージーランド、オーストラリア、南太平洋の島々からインド洋の島々を巡る壮大な旅であった。航海の途中では大陸や島々に上陸し、密林、砂漠、火山などを歩き原住民と出会うとともに、有名なガラパゴス群島を含めて、その土地固有の珍しい動植物を観察し採集した。若きダーウィンにとって、未知の生き物に出会うことはワクワクすることであった。彼にとって生命とは感動そのものであったに違いない。
さて、21世紀の現在でも未知の生命に出会う場所がある。たとえば水深数千メートルの深海で発見された熱水噴出孔の周りには、微生物(バクテリア、アーキア)を中心として新種の二枚貝やエビなどが生態系を作っているという。この熱水は重金属や硫化水素を多く含んでおり、我々が知る地上の動植物とは全く異なる環境で生きているというから驚く。このように極限の環境、たとえば高温、高圧、高濃度の塩分、極端な酸性やアルカリ性、高密度の放射線などの環境下でも生きる微生物が発見されている。
さらに最新の研究では、これまで知られている化学エネルギー、光エネルギーで生きる生物とは異なる電気エネルギーの環境下で生きる微生物が発見されたという。これは生命の起源に関しても一石を投じる研究になるであろう。また、ある環境中に生命が存在する可能性やその量について、エネルギー量から定量的に予測する研究も進められているという。そして、これらの研究に基づいて、地球外生命の探査計画も進められつつある。たとえば、土星探査機カッシーニは、土星の衛星エンケラドスの表面から水柱が吹き上げていることを発見したが、これは地球外生命を探査するのに格好の条件だという。このための国際的な計画が進められており、近い将来、地球外生命発見の報を聞くのも夢物語ではないかも知れない。
若き日のダーウィンはビーグル号で巡った各地で初めて出会う動植物に心から感動し、この経験が後年の進化論に結実した。そして、進化論は、生命とは何か、人間とは何か、という問いを当時の人々に投げかけ大論争を巻き起こした。もちろん160年経った現在でも我々の生命観や人間観に大きい影響を与え続けている。21世紀に生きる我々が「生命とは何か」を問う理由も、人間とは何か、自分とは何か、を知りたいために違いない。そのためには、今も解き明かされつつある生命の不思議に出会い、感動する心を忘れてはならないだろう。ビーグル号に乗り込んだ若きダーウィンのように。 (記:五等星)
1953年にDNAの構造が解明されてから現在までの60余年間は、生命科学が飛躍的に発展した時代である。遺伝や進化の仕組みが原子・分子レベルで明らかにされ、タンパク質の構造と機能を踏まえたエネルギー代謝の回路が解明された。さらに脳神経系の機能と仕組みも明らかになりつつある。いまや生命現象はすべて原子・分子レベルで解明されつつある状況といえよう。シュレディンガーの著作から70年以上経った現在、生命は物理学や化学の言葉で説明できる時代になった。このような時代に、生命とは何か、と問えば、それは物理法則と化学反応の総体である、という答えが返ってきそうである。21世紀の現在、「生命とは何か」を問う意味はあるのだろうか?
ところで、チャールズ・ダーウィンは20代の若き5年間を博物学者としてビーグル号に乗船し世界を巡った。その航海記によると、南アメリカをマゼラン海峡通って一周し、ニュージーランド、オーストラリア、南太平洋の島々からインド洋の島々を巡る壮大な旅であった。航海の途中では大陸や島々に上陸し、密林、砂漠、火山などを歩き原住民と出会うとともに、有名なガラパゴス群島を含めて、その土地固有の珍しい動植物を観察し採集した。若きダーウィンにとって、未知の生き物に出会うことはワクワクすることであった。彼にとって生命とは感動そのものであったに違いない。
さて、21世紀の現在でも未知の生命に出会う場所がある。たとえば水深数千メートルの深海で発見された熱水噴出孔の周りには、微生物(バクテリア、アーキア)を中心として新種の二枚貝やエビなどが生態系を作っているという。この熱水は重金属や硫化水素を多く含んでおり、我々が知る地上の動植物とは全く異なる環境で生きているというから驚く。このように極限の環境、たとえば高温、高圧、高濃度の塩分、極端な酸性やアルカリ性、高密度の放射線などの環境下でも生きる微生物が発見されている。
さらに最新の研究では、これまで知られている化学エネルギー、光エネルギーで生きる生物とは異なる電気エネルギーの環境下で生きる微生物が発見されたという。これは生命の起源に関しても一石を投じる研究になるであろう。また、ある環境中に生命が存在する可能性やその量について、エネルギー量から定量的に予測する研究も進められているという。そして、これらの研究に基づいて、地球外生命の探査計画も進められつつある。たとえば、土星探査機カッシーニは、土星の衛星エンケラドスの表面から水柱が吹き上げていることを発見したが、これは地球外生命を探査するのに格好の条件だという。このための国際的な計画が進められており、近い将来、地球外生命発見の報を聞くのも夢物語ではないかも知れない。
若き日のダーウィンはビーグル号で巡った各地で初めて出会う動植物に心から感動し、この経験が後年の進化論に結実した。そして、進化論は、生命とは何か、人間とは何か、という問いを当時の人々に投げかけ大論争を巻き起こした。もちろん160年経った現在でも我々の生命観や人間観に大きい影響を与え続けている。21世紀に生きる我々が「生命とは何か」を問う理由も、人間とは何か、自分とは何か、を知りたいために違いない。そのためには、今も解き明かされつつある生命の不思議に出会い、感動する心を忘れてはならないだろう。ビーグル号に乗り込んだ若きダーウィンのように。 (記:五等星)
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